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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)10420号 判決

原告 谷口信義

被告 オノススム 外一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年八月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、日本国に駐留するアメリカ合衆国陸軍(以下、米軍という。)の軍属である被告らが共謀の上、米軍基地の日本人従業員であった原告を私的制裁の意図で違法に解雇したとして、被告ら各個人に対して慰謝料の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  (当事者)

原告は、昭和三一年一〇月一〇日、米軍基地における日本人従業員として就職し、昭和四八年六月三〇日まで神奈川県座間渉外労務管理事務所(以下、労管という。)管下の米軍財政会計官事務所会計部基金運用課に勤務していた(〈証拠〉)。

被告オノは、昭和四八年当時、米軍財政会計官事務所会計部次長・会計管理職・軍属の地位にあり、会計部の監督者として一一人の陸軍軍属の管理と技術的指導を行い、そして、各課長を通じて一〇〇ないし一一〇人の部下の軍属、日本人の会計士、会計技術者、又は会計事務員の管理を行うこと、仕事の分量、その地域の営業方法や手続の計画を行い、目的を達成するよう業務上の順序を設定し、人員配置の変更を行うこと、一般業務の職位の人員選択に従事し、又監督者の職位についての人員選択の勧告をすること、要所にある部下の業務効率の評価を行い、そして監督権を持つ部下が彼らの部下の業務査定をしたものを再吟味すること、従業員の昇級、又は転勤の推薦をすること等の任務に従事し、会計部の能率的業務の運営を確保する責任を与えられていた(〈証拠〉)。

被告スギノは、昭和四八年当時、米軍財政会計官事務所会計部基金運用課会計技術管理職・軍属の地位にあり、基金運用課の書類処置の効率、簿記業務、報告、そして現金事業予算業務の適切さと信頼性を保証するための会計業務を監督すること、日本人の会計技術者六人が一般元帳、付属帳簿の収支記録処置をし、維持していくための企画を作り指示を与えて管理すること、教育により又技術上の問題に指示を与えることによって、部下の職員の能力を維持向上させること、職員の昇級を勧告し、懲戒処分、或いは特別表彰の人選をすることに参与すること等の任務に従事していた(〈証拠〉)。

2  (米軍基地における日本人従業員の雇用関係)

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下、地位協定という。)一二条四項には、「現地の労務に対する合衆国軍隊及び第十五条に定める諸機関の需要は、日本国の当局の援助を得て充足される。」と規定されている。この規定の実施のため、契約担当官によって代表されるアメリカ合衆国政府(以下、A側という。)と防衛施設庁長官によって代表される日本国政府(以下、B側という。)との間において基本労務契約(以下、MLCという。)が締結されている。MLC主文三条a項によると、B側は、米軍が日本国内において使用するため随時労務を要求する場合にはMLCに定める規定及び条件に従ってこれを提供するものとする旨決められており、また、MLC主文八条a項(1) によると、「B側は、この契約に基づき提供される従業員の法律上の雇用主として、任命・常用従業員への変更・昇格・低い等級への変更・配置転換・異なる基本給表への変更・転任・出勤停止・雇用の終了その他従業員に対してとられるすべての人事措置を従業員に通告し、かつ、実施するものとする。」とされ、日本国がこれら従業員の雇用主となってその労務を米軍に提供することが定められている。日本国は、右MLCの定めに基づき個々の従業員と雇用契約を締結し、これら従業員の雇用主となった上、米軍にこれら従業員の労務を提供している。他方、MLC主文八条d項には、A側は、この契約に基づき提供される従業員の直接の監督・指導・統制・及び訓練を行うことが明記されており、日本国に雇用されその労務を米軍に提供する従業員の職場での使用・監督は米軍が行うこととされている(〈証拠〉)。

3  (米軍の人事措置の要求)

MLC第2章人事措置1・dによれば、低い等級への変更とは、従業員を同一基本給表の低い等級の職位へ変更することであり、MLC主文八条「人事管理」によれば、従業員に対する人事措置は日米両当事者の相互の合意に基づきとられ、B側はMLCに基づき提供される従業員の法律上の雇用主として従業員に対してとられる全ての人事措置を従業員に通告し、実施することとなっている(〈証拠〉)。

原告が所属していた米軍財政会計官事務所会計部基金運用課長の被告スギノは、昭和四八年一月一五日、座間民間人人事事務所の実施した職位給与管理調査(米軍基地の日本人従業員の現実に従事している職務内容とMLC附表I「職務定義書」に定義されている職務が一致しているか否かの調査)の結果に基づいて、原告を職種番号七会計技術職(給与表一-四等級)から職種番号三八一会計維持事務職(給与表一-三等級)に変更することを要求者として発議し、会計部長アギーが契約担当官または認められた代理者として人事措置要求書に署名し、労管に対し、その旨の人事措置が要求された。労管所長は、同年二月一日右要求を承認して、右要求は発効し、契約担当官代理者ベネットが同月二日これを承認した(〈証拠〉)。

MLC主文八条「人事管理」cは、人員整理について、「A側は、人員整理手続により整理すべき従業員の数及び職種を決定するものとする。」として、その数及び職種の決定権がA側にあることを明記している。その詳細はMLC第一一章「人員整理」に定められているが、これによれば、人員整理は、通常、予算の制限・人員過剰または機構の変更に基づき、競合地域を閉鎖し、又は競合地域内の競業職群における人員の総数を減少させる必要がある場合に限り、人員を削減するため、従業員の雇用をその意思に反して解除することをいい、人員整理要求は、A側が発議し、B側が実施するものとされている(〈証拠〉)。

昭和四八年二月一二日付け太平洋米陸軍一般命令第五〇号によりキャンプ座間米軍財政会計官事務所で雇用されている間接雇用外国人一二七名のうち四名を削減して部隊の再編成措置をとるべき旨の命令があった。A側は右命令に従い、昭和四八年三月二三日、管理事務室長ススム・ミナモトが要求者として発議し、米軍財政会計官事務所長マッカラムが契約担当官又は認められた代理者として人事措置要求書に署名し、労管に対し、その旨の人事措置を要求し、契約担当官代理者ベネットは同年五月二八日これを是認した。労管所長が同月二八日A側から収受した右人員整理要求書の内容は次のとおりである。

整理年月日 昭和四八年六月三〇日

整理理由 作業量の減少

整理該当職場・職種・人員

合衆国財政会計事務所キャンプ座間・会計部

統制課・会計技術職(基本給表一・職務番号七・四等級) 一名

会計維持課・会計技術職(基本給表一・職務番号七・四等級) 一名

基金運用課・会計維持事務職(基本給表一・職務番号三八一・三等級) 二名

合計四名

労管所長は、右要求により必要な措置をとり、昭和四八年六月三〇日右要求は発効した(〈証拠〉)。

4  (原告の低い等級への変更と解雇)

労管所長は、前項の米軍の各人事措置要求に基づいて、MLCの規定する手続にしたがい、昭和四八年二月一日、原告に対し、それまで格付けされていた職種番号七会計技術職(給与表一-四等級)から職種番号三八一会計維持事務職(給与表一-三等級)に変更する人事措置をし、同年六月三〇日、原告に対し、人員整理(雇用解除)の人事措置をした(〈証拠〉)。

二  争点についての当事者の主張

1  原告

被告らは、共謀の上、原告を私的制裁として指名解雇する意図で、米軍人事部従業員らを教唆して原告に対する低い等級への変更処分及びこれに引き続く人員整理を理由とする人事措置要求書を偽造又は改ざんさせた上、右人事部従業員らを通じて労管所長に働きかけさせ、MLCの規定に違反して原告に対し低い等級への変更及び解雇を強行した。

2  被告ら

(一) 被告らは、本件当時米軍軍属であり、本件は被告らが米軍の公務執行の一貫として行った行為により生じたものであるから、地位協定一八条の規定により本件について日本国の裁判権に服さない。

(二) 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法(以下、民特法という。)一条は、米軍の被用者がその職務を行うについて日本国において違法に他人に損害を加えた場合には日本国が責任を負う旨規定しているから、米軍に雇用されていた軍属個人に対して請求することはできず、被告らに対する請求は当事者適格を欠き不適法である。

(三) 原告らの本件請求は時効(民法七二四条前段)により消滅している。

第三争点に対する判断

一  被告らの本案前の申立ての当否

1  民事裁判権の存否

日本国の民事裁判権は、原則として日本国に在住する外国人についても及ぶが、外国の元首、外交使節、その随員等国際法上治外法権を有する者には及ばない。また、軍隊は、他国の領域内にある場合には、関係国間の協定がなされない限りは、所在国の裁判権に服さず、本国の裁判権に服することが国際法上の原則として承認されていると解される。ところで、日本国に駐留する米軍構成員等の行為に関する裁判権については、日米両国間において地位協定が締結されているので、地位協定の定めにより決せられることになる。

地位協定一八条5(f)は、「合衆国軍隊の構成員又は被用者(日本の国籍のみを有する被用者を除く。)は、その公務の執行から生ずる事項については、日本国においてその者に対して与えられた判決の執行手続に服さない。」と定め、同9項(a)は、「合衆国は、日本国の裁判所の民事裁判権に関しては、5(f)に定める範囲を除くほか、合衆国軍隊の構成員又は被用者に対する日本国の裁判所の裁判権からの免除を請求してはならない。」と定めている。右各規定からすると、米軍構成員または被用者の公務執行から生ずる事項については全面的に日本国の民事裁判権が排除されているとはいえず、判決の執行手続に服さない限度においてのみ民事裁判権が排除されているものと解するのが相当である。

なお、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三項に基づく行政協定(以下、行政協定という。)一八条6(a)は、「合衆国軍隊の構成員及び文民たる被用者(日本の国籍のみを有する被用者を除く。)は、3に掲げる請求に関しては、日本国において訴を提起されることがないが、その他のすべての種類の事件については、日本国の裁判所の民事裁判権に服する。」と規定し、同条3は、「契約による請求を除く外、公務執行中の合衆国軍隊の構成員若しくは被用者の作為若しくは不作為又は合衆国軍隊が法律上責任を有するその他の作為、不作為若しくは事故で、非戦闘行為に伴なって生じ、且つ、日本国において第三者に負傷、死亡又は財産上の損害を与えたものから生じる請求は、日本国が次の規定に従って処理するものとする。」と規定していたので、行政協定においては、米軍構成員又は軍隊は、その公務の執行について他人に損害を与えた場合の損害賠償請求についてのみは日本国の民事裁判権から免除されていたと解される。しかし、地位協定は、この点について前記のとおり行政協定と異なった規定をしているので、地位協定においては、判決の執行手続に服さない限度においてのみ民事裁判権が排除されているものと解されるのである。

したがって、本件について民事裁判権に服しないとの被告らの主張は失当である。

2  当事者適格の存否

本件の訴訟物は、被告らの不法行為を理由とする原告の被告らに対する損害賠償請求権であり、原告は、被告らが右損害賠償義務を負担する者であると主張している。給付訴訟においては、原告から給付義務を有していると主張される者に被告としての当事者適格があるのであり、本件において、原告から損害賠償義務を有する者であると主張されている被告らには当事者適格を肯定できる。被告らは、本件の場合、民特法により日本国が損害賠償義務を負うことにより、被告らに対する請求が認められないことを理由として、被告らには当事者適格がないと主張するが、当事者適格の存否は請求が理由があるかどうかという請求の当否とは別の問題であるから、被告らは右主張は失当である。

二  本件請求の当否

民特法一条は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基き日本国内にあるアメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍(以下「合衆国軍隊」という。)の構成員又は被用者が、その職務を行うについて日本国内において違法に他人に損害を加えたときは、国の公務員又は被用者がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えた場合の例により、国がその損害を賠償する責に任ずる。」と規定し、日本国に駐留する米軍の職務執行に起因する損害については、被害者に対する関係においては日本国が政府機関の職務執行に起因する損害賠償に関する国内法すなわち国家賠償法一条一項の規定に従って賠償責任の主体となることを定めている。

ところで、公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解すべきであるから(最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、最高裁判所昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)、国の公務員又は被用者がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えた場合の例により国がその損害を賠償する責に任ずると規定されている民特法一条の場合も同様に日本国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、米軍構成員又は被用者個人はその責を負わないものと解するのが相当である。

そこで、原告の本件請求が民特法一条に規定する米軍構成員又は被用者がその職務を行うについて日本国内において違法に他人に損害を加えた場合の損害賠償請求に当たるか否かを検討する。

前記第二、一の事実によれば、被告らは原告が低い等級への変更及び解雇の各処分を受けた昭和四八年当時米軍の軍属であったから、米軍の被用者に該当する。また、前記第二、一の事実によれば、被告らはいずれも原告と同じ在日米陸軍財政会計官事務所会計部の職場の上司として原告に対し職務上の監督をし、原告に関する人事措置要求に職務上直接又は間接に関与する地位にあったこと、労管所長の原告に対する低い等級への変更及び人員整理の各人事措置は、いずれも米軍の人事措置要求に基づいてMLCの規定にしたがってなしたものであることが認められる。そして、原告の本件請求は、前記第二、二、1のとおり、被告らが私的制裁の意図で、米軍人事部従業員らを教唆して原告に対する低い等級への変更処分及びこれに引き続く人員整理を理由とする人事措置要求書を作成させて、労管所長による原告に対する低い等級への変更及び解雇処分をさせたことを前提とする被告らの不法行為を理由とする損害賠償請求であるが、民特法一条に定める「その職務を行うについて」とは職務執行行為それ自体はもちろん、職務内容と合理的な関連のある行為、さらに、主観的な目的において自己の利をはかる意図をもってする場合であっても客観的に見て職務行為の外形を有するものを含むと解されるから、原告の主張自体において被告らの不法行為はその職務を行うについてなされたものというべきである。したがって、原告の本件請求は、民特法一条に規定する米軍被用者のその職務を行うについて日本国内において違法に他人に損害を加えた場合の損害賠償請求に当たるといわなければならない。そうすると、仮に被告らの行為が違法であり、これによって原告が損害を被ったとしても、その損害賠償責任を負うのは日本国であり、米軍被用者である被告ら個人に対する損害賠償請求は理由がない。

第四結論

以上によれば、原告の請求は失当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 三木勇次)

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